川口市の水道 事業 料金 施設 入札 災害対策 など

水道局企業情報

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水道局の歴史

創設事業以前

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 川口市は荒川と芝川の沿岸に位置する扇状地であることから、伏流水が豊富であったため、かつては随所に湧水がありました。しかし、人口の増加や産業の発展に伴い、比較的浅い帯水層 に存在する伏流水は、河川などの表流水の水質変化の影響や、都市化に伴う地盤環境の変化から、湧水の枯渇や水質悪化が顕在化してきました。また、台風などによる洪水の時には、長期間井戸が使用できず非衛生的な生活環境となり、伝染病が発生することもありました。さらに火災時には、消火用水が不足し、消火活動に支障が生ずることも見られるようになりました。このようなことが要因となり、昭和10年頃には水道の必要性が叫ばれるようになります。
 市は昭和12年4月に臨時上下水道調査課を設置し、調査設計を開始しました。そして、昭和14年3月に給水人口100,000人とする基本計画が完成し、直ちに上下水道とも内務、厚生両大臣あてに事業認可申請をします。しかし、時を同じくして日中戦争が激化し、鉄資材を多く使用する上水道については認可見送りとなってしまいます。
 時は移り、昭和20年8月15日の終戦以降、本市の鋳物産業の復興はめざましく、市勢も大きく進展しました。他方、生活用水は不足し井戸は汚染され、また洪水時の伝染病発生などにより、水道施設建設が熱望されるようになります。そこで、市は、昭和22年5月1日に水道課を設置し、昭和23年度当初予算に10万円を計上して、調査設計にとりかかります。そして、昭和24年10月21日、市議会において上水道事業の基本計画が満場一致で可決されました。この計画は、埼玉県知事の副申 のもとに、昭和24年11月18日、厚生、内務両大臣あてに事業認可が申請されます。
 

第1期事業(創設事業)

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 第1期事業は、水源第1号の深井戸を掘ることからはじめられました。この水源及び浄水場の位置の選定は、人家が密集している市街地に隣接し、将来的な人口増加においても最適な給水ができる場所を条件に選考を進め、現在の上青木浄水場の位置が選定されました。
 昭和25年7月24日に、深井戸さく井第1錐がおろされてはじまったこの工事は、その後、質・量ともに水道として好適な地下被圧帯水層を得ることに成功し、同年11月1日に起工式を行い本格的な工事に着手しました。浄水場施設の建設、配水管の布設はこうしてはじめられましたが、昭和25年夏に勃発した朝鮮戦争による景気の上昇は、諸物価の値上がりによる事業費の増嵩をまねき、また起債の抑制策も加わって、工事期間の延長を余儀なくされました。その結果、工期を2ヵ年延長して昭和31年3月に完成することとなります。この間、配水管布設工事は着々と進められ、配水に必要な最低限の施設の完成を待って、昭和27年4月に給水が開始されるのです。
 給水の申込みは年を追うごとに増加し、第1期事業の完成時点には、給水人口、給水量とも計画の2倍となり、また給水区域拡大の要望も強まりました。そこで、急きょ給水人口100,000人を対象とした第2期拡張事業が計画されました。

第2期拡張事業

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 第2期拡張事業は、昭和31年7月から開始されました。当時は、経済白書で「もはや戦後ではない」という言葉が使われるなど、我が国の経済情勢は好転し、社会情勢が落ち着くにしたがって人々の生活にゆとりとうるおいが感じられるようになってきました。
首都東京の復興建設が盛んになるにしたがって、今までの水田地帯は次々と埋め立てられ、新興住宅や商店が林立します。その結果、隣接する本市の人口は急激に増加し、東京のベッドタウンの様相を呈していきました。加えて産業経済の伸張に伴う水需要量の増大、生活様式の変化による水使用時間の変動などに応えるべく、第2期拡張事業は進められていきました。
 この事業の重点内容は、深井戸6本の増設、配水管幹線の延長、管網の拡張整備、原水の効率的確保を図るため、ボアホールポンプ を水中ポンプに改造することなどでしたが、激増し続ける水需要には対処しきれませんでした。特に浄水場から遠方の給水区域では夏のピーク時には水の出が極度に悪くなり、しだいにその区域も広まっていきました。
 このため、急きょ第2期拡張事業の工期を4ヵ年短縮し、昭和37年3月にこれを完成させ、第3期拡張事業に取り組むこととなりました。

新郷・安行簡易水道事業

 新郷・安行地区は、一部地域は丘陵地帯を有していますが、その大部分は平坦かつ低地で農耕地帯を形成していました。
従来、この地域の水事情は、各家庭の浅井戸から容易に飲料水を確保することが可能な状況にありました。しかし、市街化が進むにつれ、井戸水の汚染、枯渇が目立つようになっていきます。そして、井戸水の汚染が各種の病原菌の蔓延をうながし、消化器系統の伝染病が多く発生するようになります。水質への不安は、地域社会における生活環境の悪化をもたらし、深刻化していきました。
こうした事態に対し、地元市民の水道布設に対する要望は強くなります。そこで、市は昭和34年9月25日埼玉県知事の認可指令を受けて、簡易水道建設のための調査設計にとりかかります。そして、同35年4月から工事を開始、翌36年6月には一部通水可能とし、給水を開始しました。
簡易水道事業における新郷浄水場の完成は、新郷・安行地域における水道施設の普及とともに、将来の給水施設整備拡充のための基礎を築きました。その後、この簡易水道は昭和41年度に一般上水道事業に吸収され、本格的な施設の拡張をなし、新郷浄水場として運営されていくこととなります。

第3期拡張事業

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 第3期拡張事業は、昭和37年4月から開始されました。
 当時は、東京オリンピックの開催を控え、道路や鉄道に高速化の波が押し寄せる時代でした。経済の高度成長は更に進み、産業界の活況とともに、市民の生活様式も一段と高度化・多様化していきます。このため水の消費量も増大の一途をたどります。そして、その水源の確保には、引き続き深井戸からの取水に頼らなければなりませんでした。
 しかし、時を同じくして、地盤沈下が急速に顕在化していきます。このような事態を受け、公害を引き起こす地下水の取水は将来的に極めて危険であるという判断のもと、原水確保の方法について再検討がなされました。その結果、荒川の表流水を水源とする案と地盤沈下の比較的少ないと思われる高台の地下水に水源を求める案の2案が提案されます。 
 当時の本市の状況は、すでに計画給水人口を大きく上まわっており、更に急速な人口の増加が予測される状況にありました。そこで、早急に通水可能となる方法を最優先することとし、後者の案を取り入れることと決します。そして、神根浄水場の建設、深井戸の増設、管路の延長、管網の整備などが実施され、給水区域面積も全市の約64%ヘと拡大していくのです。
 このような事業の拡大にあっても、人口の増加、使用水量の増加は著しく、昭和39年度には計画給水人口を3万人も上回る人口となります。将来の人口増加を見据えた場合、更に大幅な施設拡張をしなければ十分な給水ができない状況に陥ることは明白でした。そこで、昭和40年度に第3期拡張事業を修正し、市内全域を給水区域とした第3期拡張変更事業を実施することとなります。

第3期拡張変更事業

 第3期拡張変更事業は、昭和41年4月から開始されました。
人口の増加は毎年1万人近くにのぼり、使用水量も増加し続けます。このため、給水量に施設の建設ペースが追いつかず、毎年夏には給水制限をしなければならない事態に陥りました。水源問題をはじめ、施設・設備の拡充など、給水体系の見直しは必至となります。
 水源は、地盤沈下対策の一環として昭和38年に建設が開始された埼玉県の水道供給事業に依存することになりました。しかし、県水が受水できるのは、昭和43年になります。そこで、最低限の水源を確保するため深井戸を8本新設し、既存の取水井と合わせた28本の深井戸によって給水の安定を図りました。
 この時期には、昭和36年に通水を開始していた新郷・安行簡易水道を吸収し、施設規模を大幅に拡張した新郷浄水場として誕生させることにより、上青木、神根、新郷の3浄水場による市内全域への配水体制を整えていきます。このようにして、この事業は昭和45年3月に完了を見ました。

県水の導入

 埼玉県が地盤沈下対策の一環として、河川の表流水を原水とする県営水道の建設が始まります。この事業は、昭和38年度から開始され昭和42年度に完成しました。
本市では、昭和43年4月から県水の供給を受けるようになります。当初は、地下水65%、県水35%の割合でしたが、地盤沈下を抑制する観点から、地下水の取水量を年々減少させ、現在では県水が約90%、地下水約10%の割合になっています。

第4期拡張事業

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 第4期拡張事業は、昭和45年4月から開始されました。
 第3期の拡張事業の結果、3浄水場の給水体制がほぼ拡張整備され、市内全域を給水区域とすることができました。そこで、第4期においては、さらなる人口増加を見据え、これらの施設を拡充するとともに、県水の受入体制を確立する事を重点目標としました。
まず、県水受水のために必要となる送水管、浄水場内の配管布設工事とともに、県水受水池の建設を急ぎ、鋼板製の大型タンクを上青木、神根両浄水場に1基ずつ新設しました。更に、各浄水場とも施設・設備の拡張もおこないました。
 また、市内全域に100%の給水ができるよう、配水管を市内道路に網の目のように布設しました。
このような拡張工事を進め、昭和50年3月には事業が終了します。

第5期拡張事業

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 第4期拡張事業は昭和49年度に終了しましたが、配水管の布設など一部完了しなかった課題を、昭和50年度単独事業によって完了させます。また、これと並行して将来の水需要に沿うべく第5期拡張事業を立案し、昭和51年3月22日付けにて厚生大臣の事業認可を得ます。
 この事業は、昭和70年行政人口550,000人を想定して作られた本市の総合基本計画に基づき、その中間年次である昭和60年を目標に進めたものです。その規模は、給水人口440,000人、1日最大給水量260,000m3、1日平均給水量220,000m3、総事業費65億円、工期昭和51年度から同56年度の6ヵ年継続事業というものでした。
 主な事業内容は、市北東部の高台に配水場(現:石神配水場)を建設し、市内全域にわたる配水管網を整備するというものです。この配水場は、自己水源をもたず、すべて県水に依存する施設です。昭和54年6月に管理棟及び配水池が完成し、運転を開始するとともに、電力使用量を必要最小限抑える自然流下方式を用いた配水塔を昭和55年に完成させ、給水を開始します。また、配水管網 の整備も、この配水場からの配水幹線を既設の管と接続することを軸に、水道管が布設されていない区画整理地区において、道路築造箇所を重点的に実施しました。

第6期拡張事業

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 第6期拡張事業は、将来の水需要の増加に対応するとともに、災害にも強い施設づくりとして、「安全で安定した給水」を掲げ実施されます。その規模は、計画給水人口500,000人、1日最大給水量245,000m3、総事業費144億円を投じるものであり、昭和57年度から平成2年度の9ヵ年継続事業として実施するものでした。
 この事業は、昭和60年度から平成2年度の6ヵ年継続事業で、川口西公園内に横曽根浄水場を建設することを主眼に据えました。これは、東日本旅客鉄道株式会社(JR)京浜東北線で遮断された横曽根地区へ安定した給水を行うことと併せ、災害、渇水時に備えた緊急給水拠点の整備が必要となっていたからです。
 また、新郷浄水場が担う南平地区へのピーク時の給水の安定化と、災害時の飲料水確保を目的として、昭和58年度から60年度の3ヵ年で南平配水場を建設しました。
このほか新郷浄水場内に、自然流下方式による配水を行うための配水塔を建設しました。この配水塔は、県水受水圧力により直接水を配水塔に押し上げ、配水ポンプを用いない自然流下によって市内に配水するものです。
 第6期拡張事業の完了により、現在と同じ7浄配水場による給配水体制が整備され、自然流下方式を中心とする、省電力型配水体制が整備されていくこととなります。

第7期拡張事業

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 第7期拡張事業は、老朽施設の更新、配水管の布設工事及び安定給水の向上と災害時等の給水対策のため、計画給水人口526,000人、1日最大給水量252,000m3、総事業費218億円を投じ、平成3年度から12年度の10ヵ年継続事業として実施されます。
 まず、老朽施設の更新では、神根浄水場ポンプ棟、上青木浄水場配水池・管理棟がそれぞれ平成3年度から4年度の2ヵ年、平成4年度から9年度の6ヵ年の継続事業で建設されました。
 また安定給水と災害時等の給水対策のため、平成7年度から9年度の3ヵ年で上青木浄水場配水塔、平成10年度から12年度の3ヵ年で石神配水場第2配水池が建設されました。
 このほか、神根、新郷浄水場及び石神配水場において遠方操作設備工事を行い、上青木浄水場での集中監視制御により、市内の7浄配水場の一元的な最適化を実現しました。

現在

 各期の拡張事業を経て、水道普及率は99.99%に達しました。これにより水道事業は拡張の時代から維持・管理の時代へと移行します。他方、厚生労働省の2005年「人口動態統計」(年間推計)では、出生数が死亡数を下回る自然減は発表されたものの、本市の人口は増加をたどり、平成21年度末で515,779人となっています。これは、埼玉高速鉄道(地下鉄)の開業に伴い、市内から都心へのアクセスが一層至便になるとともに、地場産業の構造変化に伴う大規模なマンションの建設などの要因により、緩やかながらも人口の伸びが継続しているものと考えられます。しかしながら、単身世帯の増加、昼間人口の減少、節水意識の浸透や生活様式の変化などから、一人一日あたりの使用水量は年々減少し、収益性が低下してきました。
 平成23年10月11日に鳩ヶ谷市と合併し、「川口市の水道」として新たな時代へと向かいます。今後はあらゆる経営資源を効果的・効率的にマネジメントする「経営」の時代として水道事業の方向性を再構築し、信頼される水道事業を進めていきます

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